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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11190号 判決

原告

稲増由紀子

ほか二名

被告

池町運輸倉庫株式会社

主文

一  被告は、原告稲増由紀子に対し、金一一三八万〇三二四円、原告稲増早紀子及び原告稲増江津子に対し、各金五六九万〇一六二円並びに右各金員に対する昭和六〇年二月一七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告稲増由紀子に対し、金四五七〇万〇六二八円、原告稲増早紀子及び原告稲増江津子に対し、各金二二八五万〇三一四円並びに右各金員に対する昭和六〇年二月一七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 京田昌和(以下「京田」という。)は、昭和六〇年二月一六日午前二時六分ころ、小型貨物自動車(練馬四四う二九〇一、以下「加害車」という。)を運転して、東京都港区赤坂七丁目一一番一〇号桧町小学校前交差点(以下「本件交差点」という。)を六本木方面から山王下方面へ進行中、同所において加害車を稲増和夫(以下「和夫」という。)に衝突させて同人を加害車の下に巻き込み負傷させた。(以下「本件第一事故」という。)

(二) 吉田弘(以下「吉田」という。)は、本件第一事故時、加害車の助手席に同乗していたところ、右事故直後、加害車を運転して前記停止地点から山王下方面に約二五・四メートル移動させた際、加害車の下にいた和夫を約二〇メートル引きずり轢過して負傷させた。(以下「本件第二事故」といい、本件第一、第二事故を合わせて、単に「本件事故」ともいう。)

(三) 和夫は、本件事故の結果、肋骨多発骨折を伴う胸部轢過により奇静脈、肺刺創、心圧迫などにより出血性シヨツクを起こして、同日午前三時二一分死亡した。

2  責任原因

被告は、加害車の所有者であるから、加害車の運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき本件事故によつて和夫が受けた人的損害を賠償する責任がある。

3  損害

和夫の死亡により発生した損害は次のとおりである。

(一) 逸失利益 七九四〇万一二五六円

和夫は、昭和九年七月三〇日生まれであり、一橋大学を卒業、株式会社トーメンに就職して商社マンとして活躍し、海外勤務を経て、死亡時、同社の鉄鋼部次長の要職にあるので、昭和六七年七月までは見込まれる昇給を考慮した同社からの給与を基礎とし、同社を退職した後の同年八月から昭和七七年一二月までは昭和五九年賃金センサス大卒平均賃金を基礎とし、また、同人は死亡時、妻と二人の子供を養つており、一家の大黒柱であつたので生活費控除を三割とし、中間利息の控除につきホフマン方式を用いて死亡時における和夫の逸失利益の現価額を別紙のとおり算定すれば七九四〇万一二五六円となる。

(二) 慰謝料 二三〇〇万円

(三) 葬儀料 一〇〇万円

(四) 弁護士費用 原告 稲増由紀子 四〇〇万円

同 稲増早紀子 二〇〇万円

同 稲増江津子 二〇〇万円

4  相続

原告稲増由紀子(以下「原告由紀子」という。)は和夫の妻であり、原告稲増早紀子(以下「原告早紀子」という。)及び原告稲増江津子(以下「原告江津子」という。)は和夫の子であり、ほかに和夫の相続人はいない。

5  損害の填補

原告らは、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から計金二〇〇〇万円の支払を受けた。

よつて、原告らは、前損害合計一億一一四〇万一二五六円から、損害の填補を受けた二〇〇〇万円を差し引いた九一四〇万一二五六円につき、被告に対し、原告由紀子につき金四五七〇万〇六二八円、原告早紀子及び原告江津子につき各金二二八五万〇三一四円並びに右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六〇年二月一七日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2、4、5の各事実は認め、同3の事実は不知。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、京田運転の加害車が青信号に従つて本件交差点を南西から北東へ通過しようとした際、多量飲酒し酩酊していた和夫が赤信号を無視して北西から南東へと本件交差点内の車道に進入してきたことにより発生したものであり、和夫には本件事故発生につき重大な過失があるから、損害額の算定に際しては、右和夫の過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁の事実は否認する。本件第一事故は、交通閑散で街路灯もあり明るく前方の見通しのよい本件交差点において、京田がブレーキのあまい感覚の車を酒に酔い前方不注視のまま時速五〇キロメートルで進行していたため、折からタクシーを拾うため本件交差点内に入り途中信号が変わつたので歩道に引き揚げようとしていた和夫とブラワート・ヘンドリツク(以下「ヘンドリツク」という。)の発見が遅れたことにより発生したものであり、仮に和夫に不注意があつたとしてもその程度は大きいものではない。また、本件第二事故は、本件第一事故と事故の日時場所、事故態様及び加害者が異なり本件第二事故に際して和夫は加害車の下におり結果回避可能性がなかつたのであるから、本件第二事故は、吉田が、本件第一事故に狼狽し本件第一事故で和夫及びヘンドリツクの二名が跳ねられたことを熟知していたにもかかわらず、路面上のヘンドリツクを確認したのみで、加害車を移動した一方的過失により発生したものといえ過失相殺を論ずる余地はない。

第三証拠

本件記録中、書証及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条に基づき本件事故によつて和夫が死亡したことによる損害を賠償する責任がある。

二  そこで請求原因3(損害)の(一)ないし(三)について検討する。

1  逸失利益 五六七六万四八一五円

成立に争いのない甲第四号証、原告早紀子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証、原本の存在につき争いがなく同本人尋問の結果原本が真正に成立したものと認められる甲第七号証及び同本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められる。

和夫(昭和九年七月三〇日生)は、一橋大学を卒業後、昭和三五年四月一日に株式会社トーメンに入社し、死亡時は同社の鉄鋼原料部の次長の職にあり、昭和五十九年度分の給与所得は金八三九万一七〇〇円であつた。

和夫は死亡時、妻である原告由紀子及び子である原告早紀子、同江津子を扶養していた。原告早紀子は、和夫の死亡後である昭和六二年四月、株式会社トーメンに入社し、同江津子も現在、短大の二年生になつている。

しかしながら、和夫の昇給については、その一般的な可能性は認められるとしても、和夫について具体的な数額を伴う昇給を相応の蓋然性あるものとして予測しうるほどの確証は本件においては見出し難いから、これを和夫の逸失利益算定の基礎とすることはできない。

以上によれば、和夫の逸失利益は、満六七歳までの一七年間を稼働期間として年収前記八三九万一七〇〇円を基礎とし、また控除すべき生活費の割合は前記家族状況に照らし四割を相当として算定すべきである。

そして、和夫の逸失利益につき中間利息の控除につきライプニツツ方式によりその現価を求めると、五六七六万四八一五円となる。

2  慰謝料 一八〇〇万円

前記のような和夫の社会的地位、家庭事情その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、和夫が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は金一八〇〇万円をもつて相当と認める。

3  葬儀料 八〇万円

原告由紀子本人尋問の結果によれば、和夫の葬儀費用に約三〇〇万円の支出をした事実が認められるが、本件事故と相当因果関係のある損害としては、金八〇万円をもつて相当と認める。

三  請求原因4(相続)の事実は当事者間に争いがないから、原告らは、和夫の右損害を法定相続分に従つて(原告由紀子は二分の一、原告早紀子及び原告江津子は各四分の一)相続したものというべきである。

四  次に、過失相殺について判断するに、成立に争いのない甲第六号証の一ないし八、乙第一ないし第三〇号証及び証人吉田弘の証言に当事者間に争いのない請求原因1の事実を総合すると、本件事故の態様につき次の事実を認定することができる。京田は、昭和六〇年二月一五日午後八時三〇分ころから同九時三〇分ころまでの間に缶ビール(三五五ミリリツトル)二本、同一〇時過ぎころから翌一六日午前一時前ころまでの間に日本酒銚子数本、サワー約二、三杯、同日午前一時三〇分過ぎころから同一時五〇分ころまでの間にウオツカ(トマトジユース割り)コツプ一杯を飲酒し、最後の飲酒場所である六本木から、吉田らと加害車(ブレーキは正常に作動するものであつた。)に乗り、赤坂へ向かつた。始めは、飲酒していなかつた吉田が運転をしていたが、途中で京田が運転を交替した。京田は同日午前二時六分ころ、時速約五〇キロメートルで加害車を運転して本件交差点にさしかかつた。同所は制限速度時速三〇キロメートルで、交差点各隅には四本の街路灯があつたため辺りは明るく、本件交差点内は各方向からの視認を妨げる状況は全くなく、車両の通行量も少なく見通しは極めて良好であつた。

京田は、本件交差点直前のカーブで一旦減速後、再び加速し、青信号に従つて交差点に進入したのであるが、そのころ折しも和夫及びヘンドリツクの両名が対面赤信号にもかかわらず本件交差点内車道に進入していた。京田は、当時前記のとおり飲酒のうえ(呼気一リツトルにつき〇・四ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態)進路前方の青信号に気を許し、前方不注視の状態であつたため十数メートル手前で初めて和夫及びヘンドリツクを発見し、直ちに制動の措置をとつたが及ばず、加害車を同人らに衝突させ、和夫は加害車の下に巻き込まれた(本件第一事故)。本件第一事故直後、京田及び吉田は加害車から降車したが、吉田は、本件第一事故で二名が跳ねられたことを認識していたにもかかわらず、狼狽のため路面上に倒れているヘンドリツクを確認したのみで、加害車を運転して約二五・四メートル移動させ、その際、加害車の下にいた和夫を約二〇メートル引きずり轢過した(本件第二事故)。和夫は、同日午前三時二一分、日大駿河台病院で死亡した。和夫の直接の死因は、多発肋骨骨折を伴う胸腔内出血死であり、右傷害は本件第一事故によつて生じたものであり、本件第二事故は、直接の死因を与えるものではなかつた。なお、和夫も本件事故直前である同月一五日午後六時三〇分ころから同日午後七時三〇分ころまでの間にジントニツク二杯、同日午後八時ころから同日午後一〇時ころまでの間に日本酒三杯、同一〇時三〇分ころから翌一六日午前〇時三〇分ころまでの間にアルコール飲料(酒類不明)二杯位、同日午前一時ころから同日午前二時前ころまでの間にビール(小びん)一本を飲酒し、ヘンドリツクもほぼ同量の飲酒をしていた(和夫につき血液一ミリリツトルにつき一・三ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態)以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、右認定事実によれば、本件第一事故と本件第二事故は事故を惹起した車両が同一であり、事故発生の日時場所も極めて接着しているのであり、かつ、本件第二事故は和夫に直接の死因を与えたものではないから、運行供用者たる被告との関係では全体として一個の交通事故と評価するのが相当であり、両事故を別個のものとして本件第二事故について過失相殺の余地はないとする原告の主張には左祖し難い。

そして、前記認定の事実によれば、本件事故の発生に関し和夫の過失が寄与したことは明らかであるから、右過失を斟酌し、前記損害額から四割五分を減額するのを相当と認める。

五  損害の填補 二〇〇〇万円

原告らの前記損害合計七五五六万四八一五円から四割五分を減額すれば、四一五六万〇六四八円であり、原告らが右損害に関し自賠責保険から二〇〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、原告らの残損害額は合計二一五六万〇六四八円になり、これを前記法定相続分に従つて按分すると、原告由紀子につき一〇七八万〇三二四円、原告早紀子及び原告江津子につき各五三九万〇一六二円となることは計算上明らかである。

六  弁護士費用 一二〇万円

原告由紀子本件尋問の結果によれば原告らが、本件訴訟の提起追行を弁護士に委任し、相当額の費用を負担したものと認められるところ、本件事案の性質、事件の経過、本件の認容額その他諸般の事情に鑑みると、原告らが被告に対し支払を求めうる弁護士費用の損害額は、原告由紀子につき六〇万円、原告早紀子及び原告江津子につき各三〇万円をもつて相当と認める。

七  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告由紀子につき金一一三八万〇三二四円、原告早紀子及び原告江津子につき各金五六九万〇一六二円の各損害賠償金及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六〇年二月一七日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本岳)

別紙

1 株式会社トーメン在職期間給与

(昭和年・月)

60.3 476.000×(1-0.3)=333,200

60.4~61.3 8,687,250×(1-0.3)=6,081,075

61.4~62.3 9,354.150×(1-0.3)×0.95238=6,236,093

62.4~63.3 9.652,500×(1-0.3)×0.90909=6,142,493

63.4~64.3 9,950,850×(1-0.3)×0.86956=6,057,002

64.4~65.3 10,249,200×(1-0.3)×0.83333=5,978,676

65.4~66.3 10,547,550×(1-0.3)×0.80000=5,906,628

66.4~67.3 10,845,900×(1-0.3)×0.76923=5,840,094

67.4~67.7 4,286,250×(1-0.3)×0.74074=2,222,497

計 44,797,758

2 株式会社トーメン退職後予測

59年賃金センサス55~59歳 大卒平均賃金

458,400×12=5,500,800

2,088,000

計 7,588,800

(昭和年・月)

67.8~67.12 7,588,800×5/12×(1-0.3)×0.74074=1,654,295

68.1~77.12 7,588,800×(1-0.3)×(12.07693-5.87434)=32,949,203

計 79,401,256

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